『この世界の片隅に』を楽しむための・・・簡単に書きすぎる日本の歴史 その3 November 03 [Thu], 2016, 6:00

『この世界の片隅に』を楽しむための・・・簡単に書きすぎる日本の歴史 その3 November 03 [Thu], 2016, 6:00

2020年1月28日 オフ 投稿者: shima_Shima.Shima

『この世界の片隅に』を楽しむための・・・
『簡単に書きすぎる日本の歴史 その3』 (すずさん、15歳~17歳)

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前記事からの続きになります。
『この世界の片隅に』を楽しむための・・・簡単に書きすぎる日本の歴史
その1 :昭和元年~11年(すずさん、誕生~10歳まで)主な出来事・・・満州事変
その2 :昭和12年~15年(すずさん、11歳~14歳まで)主な出来事・・・日中戦争
コチラも合わせて、どうぞ!
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(※日付が分からないので、ここからは予想年齢です。お付き合いください。)
【すずさん、15歳 1941年(昭和16年)】

「日ソ中立条約が結ばれる」 (ソ=ソ連) 4月13日・モスクワ
日本軍は中国との戦争長期化での石油の確保の為、南進を決意する。それには北方の安全確保が必要であった。
それと時同じく・・・ソ連はドイツとの戦に備えていた為、日本からの中立条約は願ってもない話だった。

この条約で弾みをつけた日本は、インドシナ南部(フランス領)に進出。
それを知ったアメリカなどの国々は、日本に対して【石油輸出停止】などの経済対策を行う。
交渉で問題解決しようとする内閣に対し、陸軍(陸相:東条英機)など軍部は、アメリカとの開戦を主張し始める。
その結果、日米交渉は進まず内閣は総辞職。その後、東条英樹が首相になる。
これに対しアメリカから、最後通告(ハル・ノート)が出される。
『中国、東南アジアから全面的に退き、日独伊三国同盟を破棄せよ』
(第一次世界大戦後、アメリカなど連合国側は今の国の状態に不満がなかった為、戦を仕掛けたドイツへの加担は許されぬものだった。)
東条内閣は御前会議で、とうとう開戦を決定する。
(※御前会議とは=天皇出席のもと、国家の重大事を決める最高会議のこと)

「日本軍がハワイの真珠湾を攻撃(太平洋戦争開戦)」 12月8日・午前3時19分(日本時間)
真珠湾はアメリカ太平洋艦隊の集結基地で、アメリカ海軍の大きな基地であった為に攻撃目標となった。
暗号電文「ニイタカヤマノボレ一二〇八(12月8日作戦を開始せよ)」・「トラ・トラ・トラ(奇襲に成功した)」
アメリカ軍戦艦4隻は沈み、4隻は破損、約188機の戦闘機を破壊。日本軍の圧倒的勝利で終わった。
しかし・・・この時、空母(飛行機が発着出来るように作られた艦のこと。航空母艦の略。)
3隻全部が真珠湾から出ていた為、全くの無傷であった。(↓写真は爆沈した、米戦艦アリゾナ)

日本国民には、8日午前6時に臨時ニュースが出された。
【大本営陸海軍発表。帝国陸海軍は、本八日未明、西太平洋上において米英軍と戦闘状態に入れり!】
(※大本営とは=戦争時に天皇のもと設置された最高司令部のこと。)
この頃国民は散々政府や軍部から、以下の様に聞かされていた為、高揚し喜びの声を上げていた。
・中国進出のためには資源が必要であり、東南アジアの資源の獲得が必要である。
・アメリカ・イギリスは中国を援助するだけではなく、東南アジアの進出も許さない。
・日本の輸出さえ禁止し、日本を圧迫している。日本をばかにしている。
・同盟国のドイツ・イタリアは、イギリスやフランスと戦っている。日本は黙っていていいのか。

一方、アメリカでは・・・【リメンバー・パールハーバー(真珠湾攻撃を忘れるな)】
日露戦争後「宣戦布告の通達」が国際条例で定められていた。が、この時日本の駐アメリカ大使館が
用意に手間取ったため通達が遅れ、国際条約違反だと「日本人はきたない!」「だまし討ち」だと怒りが浸透してしまい、
第二次世界大戦には消極的だったアメリカが、一気に戦争に協力的になる。

日本軍は石油確保のための戦だったので、「南方作戦」の最大の目的は、東インド(オランダ領)の油田!
最初から短期決戦を実行する予定だった。マレー半島(イギリス領)を始め、同時期に開戦などもしながら勝ち進んだ。

(同年12月16日戦艦大和が竣工された。日本海軍が建造した世界最大、最強の戦艦。
世界のどの戦艦よりも勝る砲力、防御力を有する戦艦であった。(戦艦「大和」「武蔵」・戦闘機「零戦」当時人気。)
呉市は、日本一の海軍工廠(こうしょう)のまちで栄えていた。)

「小学校から国民学校に名前が変更」 4月1日(1947年戦後廃止)
「天皇陛下の為、お国の為に戦う事が正しい。」と教える。基礎的な軍事訓練を行う事も多くなった。

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【すずさん、16歳 1942年(昭和17年)】

「ミッドウェー海戦で、日本軍大敗」
これまでの日本軍の余りの強さに3月、大統領がアメリカ極東陸軍司令官マッカーサーを、
アメリカ軍基地コンヒドール(フィリピン)から、ひそかに脱出をさせるまででもあった。
その後も次々に他国を攻撃、そして占領に成功する。
3月9日にはオランダが降伏し、最大目的である油田地帯も手に入れた。

4月18日、アメリカの爆撃機B-25によって初めて日本本土が空襲を受ける。(空母から飛び立ち、中国飛行場へ着陸)
本土攻撃を阻止する為には、空母のあるアメリカの前線基地であるミッドウェーを攻めなくてはと考えた。
6月、主力連合艦隊で挑んだ。(戦艦11隻・空母4隻・攻撃機1000機などという大艦隊)
目指すは、アメリカ基地の空母撃破であった。しかし・・・
日本海軍の暗号を解読していたアメリカ軍が待ち伏せていた!空母4隻・攻撃機320機、兵員3千人以上を失う
大敗北となってしまう。(これを機に戦況が悪化し続ける事となる。)

戦艦大和も参加。主力部隊で後方にいた為、無事帰還する)
(↓絵 この戦いで撃沈してしまった空母「赤城」(1920年(大正9年)1 巡洋戦艦赤城として呉海軍工廠において起工された)と空母「加賀」)

この大損害を、国民には『大勝利』と偽り騒いだ。国民の戦意を失う事を避けたかった。

7月:「ソロモン沖海戦」(3回も激突する事になる。)ソロモン諸島・ガダルカナル島。
日本軍は飛行場を建設。制空権(上空を支配する力)を確保し、
オーストラリアをアメリカから切り離し、孤立させようとした。しかし8月7日、アメリカ軍が上陸してくる・・・。
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【すずさん、17歳 1943年(昭和18年)】

「日本軍がガナルカナル島から撤退」(ガダルカナル島の戦いでは、重巡洋艦「青葉」が参加している)
2月・・・短期決戦で戦艦を狙う日本軍とは裏腹に、アメリカ軍は輸送艦を集中的に攻撃。
日本軍は武器も食料もなくなり、撤退命令が下る。この時死傷者2万人の内、約1万5千人は餓死であった。
(↓ポスターに描かれている絵が「青葉」)

4月18日・・・アメリカ軍にまた暗号を解読され、視策に出掛けた連合艦隊司令長官の山本五十六(いそろく)が死亡。
この時、国民の動揺を恐れた政府と軍部は暫く、山本の死を隠した。
進撃を続けてきた日本に、暗雲がたちこめてきていた。
(※同年9月8日、連合軍のシチリア半島での上陸、戦闘によって三国同盟のひとつ、イタリアが降伏)

「第1回学徒出陣」 12月1日、学生が戦場に送られた。
戦争が長引いた為戦死者が増え、兵士の補充が難しくなる。
それまで26歳まで免除されていた学生が、20斎そして、19歳に引き下げられ戦場に送られる事になった。
(理工・医学生は免除)天皇の為お国の為に、戦争することはとても良い事とされ、
協力しないものは、『非国民』とされ酷く非難された。
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この頃の日本(国民の間)では・・・
「金属供出(きょうしゅつ)」(供出とは=政府の要請に応じて金品などを差し出すこと)
戦争の進行とともに、日本国内では金属不足が深刻になってきたため、
家庭の鍋、学校のストーブ、時計の鎖、メガネの縁、火鉢ありとあらゆる金属類が回収された。
寺院の梵鐘でさえ回収対象であった。(※洋服は綿が全面禁止に。スフだけになった。(洗うとすぐ破ける素材))

「闇市」
当時、国は米などの物資を自由に売り買いすることを禁止し、政府が設定した標準価格を守るように
指導されていた。しかし、買いたいものが普通のお店にはなかったため、闇市で高値で売買するしかなく、
また国もほとんど規制できない状態であった。
この頃食料の配給もほとんどなくなってきていたと言われている。

つづく・・・
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『この世界の片隅に』(←公式サイト) 11月12日(土)公開

12日(土曜日)か13日(日曜日)に是非!!映画館へ

(初日&2日目観客動員数が大事らしいです)
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詳しくは・・・↓コチラへどうぞ
『「この世界の片隅に」を成功させるために』(Heart of Angelさんブログ)
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